初めての旅行の思い出

お友達どうしの旅行
京都にいるいとこが結婚することになり、両親が呼ばれました。私が中学生の時なので、兄はもう20歳、姉は高校生でした。せっかく京都に行くのだから観光をしようと、ということで私たち子供も連れて行ってもらいました。

両親が結婚式に出席している間は兄弟で観光をするように、ということで実質兄と姉に京都の街を案内してもらいました。兄も姉も修学旅行で京都に来ていますし、同じ高校に通った二人、修学旅行前にテストを受け、合格しないと修学旅行に連れて行ってもらえなかったそうなので、京都には詳しかったのです。

その二人がいるから私はもうひたすらついていくだけです。今となってはどこのお寺を回った、とか全然覚えていません。上の二人が修学旅行で行きたかったけれど行けなかった、そういう場所をひたすら回ったのだと思います。

私が覚えているのは、途中で休憩した時のあんみつや抹茶ソフトクリームがおいしかったことです。一日フルに動き回ったので、夕方両親と合流した時はみんなぐったりで、母が驚くほどでした。翌日からは母も交えて、今度は優雅にタクシーで観光をしました。

写経もしたり、なかなか実り多い旅行になりました。子供が産まれてから京都には行っていないので、そろそろ行きたいところです。


小浜島の海で収穫したもの

むかし家族旅行で沖縄県の小浜島に行きました。旅行自体は「南の島のリゾートは、案外、家族旅行には向いていないな」などと生意気にも思いましたが、私はその旅行で海に関する発見をたくさんしました。

まず浜辺を裸足で歩けないことに驚きました。その浜辺は砂ではなく、貝殻や珊瑚の小さなかけらで出来ているのです。そこを訪れる時は、ホテルで貸してもらえる専用のシューズかビーチサンダルを履かないと足の裏が痛くて歩けません。

いわゆる海水浴場の中には、よそから大量の砂を運んできて“砂浜”にしている場所も珍しくない、ということをその時はじめて知りました。それから「風呂のような海もある」ということも発見しました。

私たち家族が毎日訪れた海は遠浅だったので、海水の温度がとても高かったのです。透明度が高いことがより“風呂っぽさ”を増していて、「こんなに広い風呂は初めてだね」と家族と笑い合いました。小浜島の海にはたくさんのナマコがいます。最初は「気持ち悪い」と思ったもののすぐに慣れて、そのうち意図せずに踏んでしまったりもするようになりました。

ナマコを踏むと何やら白っぽい組織が出てくるのですが、踏んだだけではナマコは死んだりせず、白い組織もそのうち再生されるそうです。そして、私が一番気に入った発見は、海で泳いでいる魚と目が合うとかすかな意思の疎通があることでした。小浜島の海では、自分の腰ぐらいの深さの場所でも大きな魚が泳いでいます。

海中で彼らと目が合うと私も魚もお互いに少し驚き、ちらりと二度見をした時にまた目が合ってしまったりして面白いです。そんな時、少なくとも異種同士がお互いの存在だけは認め合っているのを、理屈抜きで感じるのでした。旅行というものは、新しい知識や思い出がふえるのはもちろんのこと、自分の中に新しい感覚が生まれる機会でもあるのかもしれませんね。


私と青年の船の旅

あるラーメンチェーン店の本部に勤めていた私は有る時社長から青年の船に乗れと言われました。定期的に青年の船についての説明と打ち合わせが有りました。そんな中で彼女も出来ました。船で中国へ行ったのですが、研修旅行なので講義を船の中で受けたり共同で発表会をしたりしました。

私は音楽をやっておりましたので旅行前にチーフにギターで自分が表現できると申しましたら、是非持ち込めと言われましたのでギターとエフェクター、アンプを持ち込みました。船の長旅は初めてで、いくら船に最新のスタビライザーが付いていたとは言え波に揺れてなかなか眠れませんでした。講義中に揺れた事も有ります。

彼女を作って行った事で良かった点も有りましたが、失敗したと思う事も有りました。ギターは発表の機会が与えられてステージに立ちましたが、たまたま電子ドラムを持ち込んで来ていた人と共演になりその人が中々良い演奏をしてくれたので盛り上がりました。皆がダンスを踊りました。

研修旅行だった事も有りますが、身に付いたと言うものはなかなか無かったですが、自己啓発に対する講義ばかりだったので、意見も言えましたしそれはそれなりに良かったと思います。実費で行くと観光と料理、講習で40万もかかる旅行ですが、自腹では行きたくないと思ったのです。

中国でケニア人に英語で話かけられましたが話はよく解り、受け答えしました。後々会社の新聞に私の記事が載りましたが好評でした。そんな旅でした。


祖父と旅行に行ったときの思い出

自分はとても旅行が好きで、今でもたまに家族で行くことがあります。その理由は、小さい頃から祖父が色んなところに連れて行ってくれたからだと思っています。

自分が高校生の時に祖父は60代だったのですが、そのときにはまだ元気で、自分の友人と弟、それと弟の友人の計7人を連れて行ってくれました夏休みに電車で行くということだったので、電車はとても混んでいて、座ることも困難だったのですが、自分の祖父が持っている荷物をいたるところに置き、自分とその友人達の席を確保してくれたのは今でも覚えています。

とっても元気な祖父でした。現地に到着してからは、のんびりとする時間を返上して、自分達の食事の準備に追われていました。それでも文句一つ言わずにやってくれ、朝、昼、晩の食事の用意をこなしてくれました。

今思えばみんなで手伝うことが出来たのに、自分達は遊んでばかりいて、そんなことを考えていはいませんでした。そのときには3泊4日の旅だったのですが、祖父はとても疲れたのだと思います。

今は、90になる直前で、体が弱ってきて、自分のことはわかっても他の人のことはわからないことがあります。できることならばもう一度だけでも一緒に旅行に行きたいです。

ワールドベンチャーズ